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なんか書く日記

なんか書いていくゆるい日記です。意識高くない。

熊本地震の日を振り返ってみる3

 

熊本地震の日を振り返ってみる日記その3。

↓これの続きです。 

yk10.hatenablog.jp

 

ただの日記。

 

 

2回目の地震が起きた後

前の日より大きい揺れと、停電にパニックになってしまった私は、この日はすぐに家を出ました。(すぐ出たからといって何かいいことがあったわけではないですが)

前の日に避難所へ行ったのと、なんとなく「余震きても大丈夫なように」と思って、必要な物を玄関にまとめていたので、要りそうな荷物はすぐに持ち出せるようになっていました。

会社から支給されたヘルメットをかぶり、枕元に用意していた懐中電灯を持ち、大きめの肩掛けカバンに、水とか電池とかスマホの充電器なんかを詰めて、ちょっと厚着して家を出ました。

ヘルメットは、1回目の地震のあとに出社した日(4月15日 金曜日)、会社から、(おそらく社内で地震が起きた時に使うために)支給されていたものです。上司に聞いたら、「持って帰ってもいいよ」とのことだったので持って帰っていました。土日も余震が起きるらしいと聞いていたので、念のため…ってことで持ち帰りましたが、周りの人からは「いやいやいらないでしょー」って言われてました。そりゃそうですよねw 自分でも、まさか使うことになるとは思わなかったです。(ヘルメットのおかげで助かった!ということはなかったけど)

 

外は真っ暗で怖かったですが、他にも家から出てきた人がいっぱいいて、ちょっと安心しました。知らない人ばっかりで、特に話しかけたりもしなかったけど、一人より安心できました。

どこに行ったらいいか迷っていると、自動販売機や外灯の電気がつき始めて、電気が復旧したのがわかりました。家の電気は一応消して出たし、今から家に戻るの怖かったので、戻りはしませんでした。

1回目の地震のときよりかなり揺れが大きかったので、夜中1時半すぎにもかかわらず、実家から電話がかかってきていました(混み合っているせいか不在着信になっていました)。かけ直しても繋がらず、緊急の電話の邪魔しちゃ悪いし、メールで無事を伝えておきました。実家にスマホを持っている人がいないので、連絡手段はメールか電話になってしまいます。こういうとき、電話が繋がりにくくなるのはもちろん、メールも遅れることがあるようなので(回線も圧迫しそうだし)、弟にでもスマホを持たせておけばよかったかな…と思いました。

いろいろ噂もあるLINEだけど、地震のときには本当に助かりました。

 

 

あてもなくうろうろしていたらLINEで連絡が来て、近所に住む知り合いと合流できました。

途中で、倒れたブロック塀を片付けている、70代ぐらいのおじちゃんおばちゃんと会って、一緒に片づけたりしました。ヘルメットをかぶっているせいか、役場の人と間違えられましたw おばちゃんは「こんなに大きな地震が、しかも2回も来るなんて初めて」と言ってました。

 

知っている人と合流できたのは本当に心強かったです。みんなで「こわかったね」って言うだけで、何だか気持ちを共有できたような気がしたのか・・・元気が出ました。

とりあえず避難所に行き…、避難所は人がいっぱいだったので、知り合いの車で寝させてもらいました。

軽自動車に4人乗りで、ラジオをつけて状況を確認しながらだったし、震度5とかの揺れがたまに来るような状態だったので、あんまり眠れなかったです。

ラジオで「また強い揺れが来ました。壊れやすい建物からは離れ、安全を確保してください。壊れやすい建物からは離れてください」という緊迫した放送が何回も流れていました。

 

地震のあとの朝

朝になって、私は実家に帰ることにしました。(木曜日に地震が起きた後、一人じゃ怖いし、この日に帰ろうとは思っていましたが…)

実家に帰るときは親に迎えに来てもらうのですが、この日は、いつもは留守番をしている祖母も一緒だったのでびっくりしました。あんまり外出はすきじゃないんですが、、一人でいたくなかったんだとか。

帰る途中の道で、ヒビが入ったり崩れた建物、ブロック塀、割れたガラス等をたくさん見ました。暗かったからわからなかったけど、やっぱりあの地震は相当やばかったんだな…と思いました。大きな橋が通れなくなったりもしていました。

通行止め、渋滞がたくさんあって、今まで通ったこともない狭い道を、勘で進んでいました。親が運転に慣れててよかったと思いました。

ガソリンスタンドと温泉施設が、特にものすごく渋滞していました。「なんか混んでるなー」と思って道を進んでいたら、実はずっと先のガソリンスタンドのせいだったり…。

 

実家のある地域は、熊本市よりは被害が少なかったです。水も電気もガスもつかえて(水は地下水、ガスはプロパンなのでもともと関係無かった)あまり問題なく過ごせました。

ただ、カップラーメンや水なんかは、地震のあとすぐに、お店からなくなっていました。

このとき、熊本市では、お店の商品が割れたりして不足してたり、そもそも営業していないお店も多かったので、遠出して買いに来る人もいたようです。福岡にいってた人もいたとか。

 

物資調達が難しかった

被害の大きかった地域では、あちこちに給水所が設けられたり、一部営業しているお店が出てきたりしましたが、どこも長い行列で、水や食料の確保は本当に大変そうでした。

しかも、給水所や営業中のお店の情報を仕入れることが、避難生活では難しいと思いました。テレビではテロップとかで枠外に情報が表示されていたりしますが、それも常に出ているわけではないです。ラジオはもっと難しくて、給水所やお店の情報を聞き逃さないようにしてなければいけません。何度も放送してくれますが、ほしい情報をほしいときに入手するのは、難しかったと思います。

 

ここで活躍したのがスマホでした。

ネットで、ほしい情報を検索して探したり。(役所とかのPCも壊れてたりして、情報が配信できないとこもあったかもしれませんが…。)

LINEで、友達が給水所の情報や営業中のお店の情報を教えてくれることもありました。Twitterは炊き出しの情報がいっぱい載ってました。(ガセがこわいですが)

機種によると思いますが、テレビも見れるかも。

スマホに変えといてよかったー、とものすごく思いました。

 

Twitterで「○○学校の避難所、物資が足りてません!」っていうツイートをしたら、いっぱい拡散されて物資が届いた…みたいなニュースをいくつも見ましたが、今回の地震はネットがめちゃくちゃ活躍したような気がしています。

 

 

(つづくかも)

益城の人に聞いた話とか。